歴史と沿革

今も息づく創立者のパイオニアスピリッツ

J.C. ヘボン S.R. ブラウン G.F. フルベッキ

 明治学院の創立は、江戸時代の終わりごろで、創立者として主に三人の宣教師、ヘボン式ローマ字で知られるヘボン、ブラウン、フルベッキが挙げられます。

成仏寺・東京一致神学校 1859年、神奈川に着いたヘボン夫妻は成仏寺(後にブラウンもここに住む)を借り、ここで日本語の研究、和英辞書の編集に取りかかることになりました。
 明治学院は、英語を学ぶヘボン塾と、キリスト教神学を学ぶブラウン塾の2つの流れがありました。米国長老派教会の医療伝道宣教師ヘボンの流れと、米国オランダ改革派教会のブラウンの流れです。 両派は、日本にキリスト教を根付かせたいとの思いで、教派を越えて協力し、1877年「東京一致神学校」が、今の中央区築地に作られ、1887年現在の白金の地に移転して「明治学院」となり、初代総理にヘボン、理事長にフルベッキが就任しました。

 ヘボン夫妻らは命がけで日本にキリスト教を伝えようとし、私財をなげうって明治学院に捧げたのです。ヘボンが完成した日本最初の和英辞典「和英語林集成」(これは聖書を日本語に翻訳するためのものでしたが)の版権が丸善に譲渡されたおり、その代金全額を投じて建てられたのが「ヘボン館」でした。ヘボン館を初めとした明治学院の寄宿舎、校舎の多くは、宣教師たちや、米国キリスト教信徒らの献金で建てられたのです。

 

 

 

 

今も白金の丘に建つ、明治期の建物

チャペル インブリー館 記念館